「工場のスマート化を進めたいけど、どの産業用ネットワークを選べばいいか分からない…」 「EtherCATやProfinet、色々あるけど、それぞれの違いや特徴がよく分からない…」
ファクトリーオートメーション(FA)に関わるエンジニアやシステムインテグレータの皆様なら、一度はこのような悩みに直面したことがあるのではないでしょうか。
産業用ネットワークの選定は、工場の生産性や品質、そして将来の拡張性を左右する非常に重要な意思決定です。しかし、各プロトコルは専門性が高く、その特徴を横断的に比較するのは容易ではありません。
そこで今回は、数々のFA製品マニュアルや海外文献を調査した結果を基に、主要な産業用ネットワークを徹底比較し、あなたの工場に最適なプロトコルを選ぶためのポイントを分かりやすく解説します。
産業用ネットワークの今:なぜ「産業用イーサネット」が主流なのか?

まず、現在の市場動向から見ていきましょう。かつてはフィールドバスと呼ばれるシリアル通信ベースのネットワークが主流でしたが、今やその座は「産業用イーサネット」に取って代わられています。
2024年の調査では、工場で新たに使われるネットワーク機器の実に**76%**が産業用イーサネットで占められており、この流れは年々加速しています 。
なぜ産業用イーサネットが選ばれるのか?
- 圧倒的な通信速度とデータ量: インダストリ4.0やIIoTの進展により、工場内で扱うデータ量は爆発的に増加しました。高解像度カメラによる画像検査や、AIを活用した予知保全など、大容量のデータを高速にやり取りするには、従来のフィールドバスでは力不足なのです 。
- ITシステムとの親和性: 産業用イーサネットは、私たちが普段オフィスで使っているパソコンのネットワーク(イーサネット)と同じ技術を基盤にしています。そのため、生産管理システム(MES)や基幹システム(ERP)といったITシステムとの連携が非常にスムーズです 。
この大きな潮流の中で、現在グローバル市場を牽引しているのが、Profinet、Ethernet/IP、EtherCATの「ビッグ3」です。この3つだけで市場の3分の2以上を占めています 。
一方で、次世代技術「TSN」をいち早く採用したCC-Link IE TSNや、モーション制御に特化したMechatrolinkも、特定の分野で強力な存在感を示しています。
主要5大プロトコルを徹底解説!それぞれの強みと得意分野は?

それでは、主要な5つのプロトコルについて、それぞれの特徴を分かりやすく解説します。
1. EtherCAT:超高速・高精度同期のスペシャリスト
- 開発元: Beckhoff Automation(ドイツ)
- 特徴: 「オンザフライ処理」という独自の通信方式により、全プロトコルの中でもトップクラスの通信速度と同期精度を誇ります 。データが乗ったフレーム(電車のようなもの)が全機器を止まらずに駆け巡り、各機器はフレームが通り過ぎる瞬間に自分に必要なデータを読み書きするため、遅延が極めて小さいのが特徴です 。
- 得意なこと: ナノ秒レベルの精度が求められる、高性能な多軸同期モーション制御やロボティクス、半導体製造装置など 。
- ポイント: 最高のパフォーマンスを発揮しますが、通信には専用のハードウェア(ESCチップ)が必要です 。
2. Profinet:幅広い用途をカバーする市場のリーダー
- 推進団体: PROFIBUS & PROFINET International (PI) / Siemens(ドイツ)
- 特徴: 世界で最も普及している産業用イーサネットです 。アプリケーションの要求に応じて、3つの通信モード(NRT, RT, IRT)を使い分けられる柔軟性が強みです 。
- 得意なこと: 一般的なFAシステムから、IRTモードを使えば高精度なモーション制御まで、幅広い用途に対応可能です 。特に欧州でのシェアは絶大です 。
- ポイント: 機能安全(PROFIsafe)や省エネ(PROFIenergy)など、標準化されたアプリケーションプロファイルが豊富に用意されています 。
3. Ethernet/IP:ITとの親和性が高い北米の雄
- 推進団体: ODVA / Rockwell Automation(米国)
- 特徴: 私たちが普段使うインターネットの標準技術(TCP/IP)をそのまま活用しているのが最大の特徴です 。これにより、市販のネットワーク機器が使え、ITシステムとの連携が非常にスムーズです。
- 得意なこと: ITインフラとのシームレスな統合が求められるシステム。特に北米市場で圧倒的なシェアを誇ります 。
- ポイント: CIP(Common Industrial Protocol)というオブジェクト指向のプロトコルを共通基盤としており、モーション制御(CIP Motion)や安全(CIP Safety)、セキュリティ(CIP Security)といった多彩な機能拡張が可能です 。
4. CC-Link IE TSN:OT/IT融合をリードする次世代の旗手
- 推進団体: CC-Link協会 (CLPA) / 三菱電機(日本)
- 特徴: 世界で初めて、次世代ネットワーク技術「TSN (Time-Sensitive Networking)」を全面的に採用したプロトコルです 。TSN技術により、リアルタイム性が重要な制御データと、大容量のIT系データを1本のケーブルで安定して共存させることができます 。
- 得意なこと: 制御系(OT)と情報系(IT)のネットワークを統合し、スマートファクトリーを実現するような先進的なシステム構築 。
- ポイント: 1Gbpsの広帯域を標準とし、将来のデータ増大にも余裕をもって対応できます 。
5. Mechatrolink:モーション制御に特化した日本の実力者
- 推進団体: MECHATROLINK協会 (MMA) / 安川電機(日本)
- 特徴: その名の通り、サーボドライブやモーターを高速・高精度に同期させる「メカトロニクス」分野に特化して開発されました 。専用ASICによるハードウェア処理で、業界最速クラスのサイクルタイムを実現します 。
- 得意なこと: EtherCATと同様、極めて高い同期精度が求められるモーション制御アプリケーション 。特に日本やアジア市場で根強い支持を得ています 。
- ポイント: 半導体製造装置向けの国際規格(SEMI)も取得しており、特定の分野で高い信頼性を誇ります 。
【一覧表で比較】あなたに最適なプロトコルはどれ?

各プロトコルの特徴を一覧表にまとめました。自社の要件と照らし合わせながら、最適な候補を見つけてみてください。
項目 | EtherCAT | Profinet | Ethernet/IP | CC-Link IE TSN | MECHATROLINK-III/4 |
---|---|---|---|---|---|
キャッチコピー | 超高速・高精度同期のスペシャリスト | 幅広い用途をカバーする市場リーダー | IT親和性の高い北米の雄 | OT/IT融合の次世代旗手 | モーション制御の日本の実力者 |
主要推進メーカー | Beckhoff, Omron | Siemens, Phoenix Contact | Rockwell Automation, Omron | Mitsubishi Electric, Renesas | Yaskawa Electric |
地域的強み | 欧州, アジア | 欧州, 中国 | 北米 | アジア (特に日本, 中国) | 日本, アジア |
2024年シェア | 17% | 27% | 23% | < 4% | (データなし) |
最小サイクルタイム | < 30 µs | 31.25 µs (IRT) | ~1 ms (CIP Motion) | 31.25 µs | 15.625 µs (M-4) |
同期精度 (ジッタ) | < 1 µs | < 1 µs (IRT) | IEEE 1588 PTPベース | IEEE 802.1ASベース | 高精度 (ASIC依存) |
標準スイッチ利用 | 不可 | 可 (RT) / 不可 (IRT) | 可 | 可 (TSN対応推奨) | 不可 |
トポロジーの柔軟性 | ◎ (非常に高い) | ○ (高い) | ○ (高い) | ◎ (非常に高い) | △ (限定的) |
アプリケーション別・最適なプロトコルの選び方
では、具体的にどのようなアプリケーションにどのプロトコルが向いているのでしょうか。
- とにかく性能!高性能なモーション制御がしたい
- → EtherCAT, Mechatrolink
- 半導体製造装置や超精密加工機など、μs(マイクロ秒)オーダーのサイクルタイムと高精度な同期が絶対条件の場合は、この2つが最適です。Profinet IRTやCC-Link IE TSNも強力な選択肢となります。
- 一般的なFAシステムを構築したい
- → Profinet, Ethernet/IP
- コンベア制御やI/Oの集約など、一般的なファクトリーオートメーションであれば、この2つが最もバランスに優れています。世界中で対応製品が豊富にあり、コスト効率も良いのが魅力です。
- 将来を見据えてOTとITを融合したスマート工場を作りたい
- → CC-Link IE TSN
- 制御データと情報データを1つのネットワークで効率的に扱いたいなら、TSNをネイティブにサポートするCC-Link IE TSNが最も先進的です 。ProfinetやEthernet/IPもOPC UAとの連携で対応を進めています。
- 導入する地域に合わせて選びたい
- 欧州に工場を建てるなら → Profinet, EtherCAT
- 北米に工場を建てるなら → Ethernet/IP
- アジアに工場を建てるなら → CC-Link IE TSN, Profinet, EtherCAT
- 現地のサポート体制や部品の入手性を考えると、その地域で強いプロトコルを選ぶのが賢明です 。
まとめ:失敗しない産業用ネットワーク選定の4つのポイント
完璧なプロトコルは存在しません。最適な選択は、あなたが何を優先するかによって決まります。最後に、選定のポイントを4つにまとめました。
- 性能を最優先するなら
- → EtherCAT または Mechatrolink
- 最高のリアルタイム性能と同期精度が手に入ります。
- 汎用性とエコシステムの広さを優先するなら
- → Profinet (グローバル/欧州) または Ethernet/IP (北米)
- 世界中で豊富な製品と技術者を見つけやすく、安定したシステムを構築できます。
- OT/IT融合と将来性を最優先するなら
- → CC-Link IE TSN
- スマートファクトリー化を見据えた、最も先進的なアーキテクチャを構築できます。
- コストと導入の容易さを優先するなら
- → Ethernet/IP または Profinet (RTモード)
- 市販のネットワーク機器を活用でき、初期投資を抑えることが可能です。
産業用ネットワークは、一度導入すると簡単には変更できません。本記事で解説した各プロトコルの特徴や、アプリケーションごとの適合性を参考に、自社の事業戦略や将来の拡張計画に照らし合わせて、最適な一台を選び抜いてください。
この記事が、あなたの最適なネットワーク選びの一助となれば幸いです。
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