「世界の工場」として知られる中国の製造業で、今、静かなる地殻変動が起きています。かつてはファナックやシーメンスといった日欧の巨大企業が独占していたファクトリーオートメーション(FA)市場。その主役が、驚異的なスピードで成長する中国の現地メーカーへと移り変わろうとしているのです。
「中国製品は安かろう悪かろう」——そんなイメージは、もはや過去のものです。彼らは今や、高い技術力と洗練された戦略、そして莫大な資本力を武器に、世界のFA業界の勢力図を塗り替えるほどの存在感を放っています。
- 「自社のサプライチェーンに、中国FAメーカーの製品を組み込むべきか?」
- 「競合として、彼らの実力を正確に把握し、対策を練りたい」
- 「投資先として、どの企業に将来性があるのか見極めたい」
この記事では、そんな疑問や課題をお持ちのあなたのために、最新データと詳細な分析に基づき、台頭する中国FAメーカーの「今」と「未来」を徹底的に解き明かしていきます。主要プレイヤーの強みから、彼らが描く野心的な未来戦略、そして日本企業が取るべき対策まで、ビジネスの意思決定に直結するインサイトを提供します。
- 某電機メーカーエンジニア
- エンジニア歴10年以上

中国FAメーカーの動向 簡単まとめ
中国FA、勢力図の逆転
政府支援と内需を追い風に、中国FAメーカーが急速に台頭。技術力とコスト競争力を武器に、世界の市場構造を塗り替えつつある。
歴史的転換点:国産ロボットシェアが過半数へ
2024年、中国の産業用ロボット市場において、国内メーカーのシェアが史上初めて外資系を上回りました。これは単なる数字以上の意味を持つ、不可逆的な構造変化の象徴です。
52.3%
2024年 国産メーカーシェア
(2023年の47%から急上昇)
爆発的に拡大する市場
中国のFA市場は、年率10%を超える驚異的な成長が見込まれています。この成長は、政策支援、人件費高騰、そして特定産業の急拡大という3つの強力なエンジンによって牽引されています。
台頭する新世代の巨人たち
圧倒的な規模:2024年 売上高比較
各社が独自の戦略で成長する中、Inovance (汇川技术) が売上規模で他社を大きく引き離し、業界のリーダーとしての地位を固めています。
最激戦区:産業用ロボット市場の覇権争い
国産No.1の実力
Estun (埃斯顿) は国産出荷台数で1位を維持し、市場全体でもファナックに次ぐ第2位に躍進。外資系ブランドの牙城を切り崩しています。
王者Inovanceの事業構造
Inovanceの強みは、FAの基幹部品からシステムまでを網羅する総合力。汎用オートメーション事業が収益の柱となっています。
成功を導く戦略モデル
中国メーカーの成功は偶然ではありません。彼らは明確な戦略に基づき、市場での地位を築いています。
Inovanceモデル:垂直統合の力
⚙️ コア部品
サーボ, PLC, ドライブ
🤖 システム製品
産業用ロボット, EVシステム
🏆 市場支配
技術シナジーと顧客囲い込み
基幹部品の高い技術力をテコに、付加価値の高いシステム製品へ展開し、市場での影響力を最大化する王道戦略です。
Estun/Efortモデル:M&Aによる飛躍
🌍 海外先進企業
独Cloos, 伊CMAなど
💡 技術・ノウハウ獲得
溶接・塗装技術, ブランド
🚀 グローバル展開
開発期間の短縮と市場アクセス
自社に不足する技術やノウハウを戦略的買収で補い、開発時間を短縮。一気にグローバルレベルの競争力を獲得する近道です。
未来を拓く次世代技術
中国FAメーカーは、次の技術覇権を巡る競争にも積極的に参入しています。
AI + ロボティクス
AI大規模モデルを搭載し、ロボットが自律的に判断・最適化。非定型作業の自動化を実現します。
人型ロボット
既存の生産ラインに導入可能な人型ロボットで、複雑な組立・検査工程の自動化を目指します。
デジタルツイン
仮想空間でのシミュレーションにより、開発リードタイムを短縮し、コストを大幅に削減します。
なぜ今、中国FAメーカーが注目されるのか?市場の地殻変動を読み解く
中国FAメーカーの躍進を理解するためには、まず彼らが戦う市場がいかにダイナミックであるかを知る必要があります。
驚異的な成長を続ける中国FA市場

複数の調査機関が、中国のFA市場が今後も高い成長を続けると予測しています。例えば、Grand View Researchの分析では、2023年に252億米ドルだった市場規模が、2030年には659億米ドルに達し、年平均成長率(CAGR)は14.7%という驚異的な数字になると予測されています 。この力強い成長は、政府の強力な後押しと、国内の構造的な変化によって支えられています。
政府の後押しと内需の変化が成長を加速
中国FA市場の急成長には、主に3つの強力な推進力があります。
- 国家戦略「中国製造2025」: 製造業の高度化を目指すこの国家戦略は、FA技術の導入を強力に後押ししています 。政府主導で、スマートファクトリー化への投資環境が整備されているのです。
- 人件費の高騰: かつての安価な労働力は過去のものとなり、企業は生産性を維持・向上させるために、自動化による省人化を喫緊の課題として捉えています 。
- 特定産業の爆発的成長: 特に、電気自動車(EV)、電子・半導体、新エネルギーといった分野の急成長が、FA需要を強力に牽引しています 。テスラの上海ギガファクトリーのような最先端の自動化工場が、その象徴です 。
歴史的転換点!国産メーカーがシェア過半数を獲得

長年、中国のFA市場は日欧のグローバル企業が8割以上のシェアを握る「外資の独壇場」でした 。しかし、その構図は劇的に変わりました。
産業用ロボット市場において、2024年、ついに中国現地メーカーのシェアが52.3%に達し、史上初めて外資系を上回ったのです 。これは歴史的な転換点と言えます。市場全体の成長率が3.9%に留まる中、国産メーカーの売上は前年比20%増という驚異的な伸びを記録しており 、彼らが単に市場と共に成長しているのではなく、外資系競合から積極的にシェアを奪っていることの明確な証拠です。
この地殻変動は、単なる価格競争の結果ではありません。技術力の向上に加え、コスト意識が高まったユーザーが、性能が「十分に良好」で価格競争力に優れる国産ブランドへ切り替える動きを加速させたことが大きな要因です 。この流れはもはや誰にも止められない、不可逆的な構造変化なのです。
中国FA業界の巨人たち – 主要5社を徹底比較

では、この地殻変動をリードしているのはどのような企業なのでしょうか。ここでは、特に存在感の大きい主要5社、Inovance (汇川技术)、Estun (埃斯顿)、SIASUN (新松)、Efort (埃夫特)、STEP (新时达) の特徴を比較してみましょう。
項目 | Inovance (汇川技术) | Estun (埃斯顿) | SIASUN (新松) | Efort (埃夫特) | STEP (新时达) |
---|---|---|---|---|---|
設立年 | 2003 | 1993 | 2000 | 2007 | 1995 |
本社 | 深圳市 | 南京市 | 沈阳市 | 芜湖市 | 上海市 |
主力製品 | サーボ/ドライブ, PLC, HMI, 産業用ロボット | 産業用ロボット, サーボシステム | 産業/モバイル/協働ロボット, SI | 産業用ロボット, SI (特に自動車、塗装) | エレベーター制御, サーボドライブ, 産業用ロボット |
2024年 売上高 | 370.4億元 (約52億USD) | 40.1億元 (約5.5億USD) | 41.38億元 | 13.6億元 | 33.6億元 |
ロボット市場シェア | 国産4強の一角 (総合7位) | 国産出荷台数1位 (総合2位) | 事業規模大 | 国産4強の一角 (シェア5.4%) | 国産4強の一角 |
強み | 部品からシステムまでを網羅する総合力 | M&Aを駆使したグローバル展開 | 国家支援と幅広い製品群 | 特定分野への特化 (自動車・塗装) | 既存事業からの多角化 |
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この表から、各社が異なる戦略で市場での地位を築いていることがわかります。Inovanceは売上規模で他を圧倒する「絶対王者」。Estunはロボットに特化しM&Aで世界と戦う「グローバルチャレンジャー」。SIASUNは国家を背負う「ナショナルチーム」。そしてEfortとSTEPは、特定分野や既存事業の強みを活かして成長する「実力派」です。
【企業別深掘り分析】彼らはどうやって強くなったのか?
各社はどのようにして競争優位を築き、市場を攻略しているのでしょうか。その戦略を詳しく見ていきましょう。
Inovance (汇川技术): 部品からシステムまでを制する絶対王者
2003年に深圳で設立されたInovanceは、今や中国FA業界のトップに君臨する企業です 。2024年の売上高は370億元(約52億米ドル)を超え、前年から22%増という驚異的な成長を遂げています 。
強さの秘密: Inovanceの最大の強みは、FAシステムを構成するコアコンポーネント(サーボ、ドライブ、PLCなど)を高品質かつ広範に自社開発している点です 。これにより、日本の安川電機やファナックのように、部品の技術力を武器に、産業用ロボットや新エネルギー車(NEV)用システムといった、より付加価値の高いソリューションを展開する王道の成長戦略を、中国という巨大市場を背景に猛スピードで実現しています。
未来戦略: 同社は売上の8.5%という莫大な額を研究開発に投資しており 、2025年には**「AI+人型ロボット」を新たな重大戦略**として公式に発表しました 。これは、彼らが単なる追随者ではなく、次世代技術の覇権を握ろうとしている明確な意思表示であり、世界の競合にとって最大の脅威と言えるでしょう。
Estun (埃斯顿): M&Aを駆使するグローバルチャレンジャー
「中国のファナック」と称されることもあるEstunは、特に産業用ロボット分野で目覚ましい成長を遂げています 。2024年には、出荷台数ベースで国産ブランドNo.1の地位を維持し、市場全体でもファナックに次ぐ国内第2位に躍り出ました 。
強さの秘密: Estunの戦略を特徴づけるのは、海外の先進技術企業をターゲットにした積極的なM&Aです。2019年には100年以上の歴史を持つドイツの溶接ロボットの雄Cloosを買収 。これにより、ロボットアームという「道具」だけでなく、溶接という高度な「使い方(ノウハウ)」そのものを手に入れました。
未来戦略: この「欧州品質のノウハウ × 中国のコスト競争力」というハイブリッド戦略により、Estunは単なる低価格な代替品メーカーではなく、高付加価値なソリューションプロバイダーへと変貌を遂げました。人型ロボット開発にも着手しており、産業用途に特化する方針を明確にしています 。
SIASUN (新松): 国家を背負う総合ロボットメーカー
2000年に中国科学院を母体として設立されたSIASUNは、まさに国家を代表するロボット企業です 。その製品ラインナップは世界一と称され、産業用ロボットから、半導体製造装置、さらには国防・原子力といった特殊環境用ロボットまで、あらゆる分野を網羅しています 。
強さの秘密: SIASUNは単なる民間企業ではなく、中国の産業政策を具現化する**「戦略的実行部隊」**としての側面を強く持っています。国家の安全保障に直結する分野まで手掛けていることからも、その役割は明らかです 。これにより、短期的な利益に左右されず、国家的な長期的視点での研究開発が可能です。
未来戦略: **「ロボット+AI」**を中核戦略に据え、AI大規模モデルやデジタルツインといった最先端技術を製品に積極的に導入しています 。また、海外展開も加速させており、2024年には日本、メキシコ、米国に新会社を設立するなど、グローバルなネットワーク構築を進めています 。
Efort (埃夫特) & STEP (新时达): 多様な成長モデルを示す実力派
トップグループを追う第二集団も、独自の戦略で存在感を高めています。
- Efort (埃夫特): 海外技術の導入で特定分野に特化する**「一点突破型」**。イタリアの塗装ロボットメーカーなどを買収し、自動車の塗装といったニッチで高付加価値な市場で高い専門性を発揮しています 。売上の44%を海外が占めるなど、グローバル展開も進んでいます 。
- STEP (新时达): 既存事業の技術基盤を横展開する**「多角化型」**。もともと世界トップクラスのシェアを誇るエレベーター制御システムの技術を応用し、サーボドライブや産業用ロボット事業へと進出しました 。
この2社の存在は、中国FA市場が多様な成功モデルが共存する、層の厚い産業生態系へと進化していることを示しています。
巨人を支える隠れた実力者たち – 部品メーカーの台頭
中国FA産業の強さは、完成品メーカーだけではありません。その土台を支える、高い技術力を持つ部品メーカーの存在が、産業全体の競争力を高めています。
- GSK (广州数控): 中国のCNC(コンピュータ数値制御)システム分野の紛れもないリーダー。国内の主要工作機械メーカーの多くに採用されています 。
- Leadshine (雷赛智能): モーションコントロールの専門家。近年は人型ロボットの関節モジュールなど、次世代ロボットの中核部品開発に注力しており、非常に野心的な戦略が注目されます 。
- Googol Technology (固高科技): 香港科技大学発のベンチャー。高性能なモーションコントローラで知られ、世界的なFA大手Schneider Electricとも提携しています 。
こうした専門企業の成長は、中国FA産業が、大手メーカーが全てを内製する「垂直統合型」から、各分野の専門家が連携する「水平分業型」へと進化していることを示しており、産業全体の成熟度が高まっている証拠です。
【結論】中国FAメーカーの躍進から学ぶべきことと未来展望

中国の現地FAメーカーは、もはや単なる低価格な模倣者ではありません。彼らは独自の技術、洗練された戦略、そして豊富な資本力を兼ね備えた、手ごわいグローバル競争相手へと進化しました。
中国メーカーの「成功の方程式」
彼らの成功には、いくつかの共通点が見られます。
- 部品からシステムへ: コア部品の技術力をテコに、高付加価値なシステム製品へ展開。
- 戦略的M&A: 海外の先進企業買収による時間と技術のショートカット。
- コスト競争力: 国産サプライチェーンを活かした価格優位性。
- 国家戦略との連携: 政府からの強力な支援の活用。
日本企業はどう向き合うべきか?
この大きな変化の波に対し、日本企業をはじめとする海外メーカーはどう向き合うべきでしょうか。
- 脅威の再評価: 「品質」や「ブランド力」といった従来の優位性だけでは、もはや安泰ではありません。中国メーカーの強みである「コスト」「開発スピード」「現地ニーズへの対応力」を正しく評価し、自社の戦略を再構築する必要があります。
- 次世代技術への注力: AI、人型ロボット、デジタルツインといった新しい技術領域で、彼らはすでに未来への投資を始めています。この分野で先行を許すことは、将来の市場での競争力を失うことに直結します。これまで以上に大胆かつ迅速な研究開発投資が不可欠です。
- 協業か、競争か: 中国の有力な部品メーカーとの提携や、彼らがまだ手薄なニッチなアプリケーションに特化するなど、画一的ではない、きめ細やかな戦略が求められます。
まとめ
中国FA市場の地殻変動は、まだ始まったばかりです。国産メーカーがシェアの過半数を握った2024年は、その序章に過ぎません。彼らは今後、国内で培った実力と自信を武器に、本格的なグローバル展開を加速させていくでしょう。
このダイナミックな変化を脅威と捉えるか、機会と捉えるか。それは、私たちがいかに彼らを理解し、迅速に行動できるかにかかっています。本記事が、そのための羅針盤となれば幸いです。今後の動向から、ますます目が離せません。
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