なぜ今、FA業界の「常識」が覆されようとしているのか?
長年にわたり、ファクトリーオートメーション(FA)の世界は、Siemens、Rockwell Automation、三菱電機といった巨大企業によって支配されてきました。彼らはハードウェアとソフトウェアを一体で提供する垂直統合モデルで、いわば「壁に囲まれた庭(Walled Garden)」を築き上げ、顧客を自社のエコシステムに囲い込むことで、安定した地位を確立してきたのです。
しかし、その鉄壁の牙城が今、静かに、しかし確実に揺らぎ始めています。その原因は、皮肉にも彼らの成功モデルそのものにありました。
- 某電機メーカーエンジニア
- エンジニア歴10年以上

巨人たちが築いた「壁に囲まれた庭」の限界
独自の開発環境(SiemensのTIAポータルなど)は、自社製品との連携においては強力ですが、ユーザーにとっては「柔軟性に欠ける」「動作が遅い」「バージョン管理が複雑」といったフラストレーションの種にもなっていました。特に、IT業界のモダンで使いやすいツールに慣れたエンジニアにとって、この旧態依然とした環境は大きなペインポイント(悩みの種)となっていたのです。
この「ユーザーの不満」こそが、新興企業が参入する絶好の隙間となりました。
ソフトウェアが主導する「工場のアンバンドリング」
新興企業は、巨人たちと同じ土俵で戦うことはしません。彼らは、既存のFAシステムを機能ごとに「アンバンドリング(分解)」し、特定の課題を解決する「クラス最高(Best-of-Breed)」のソフトウェアを提供することに特化しています。
ハードウェアの販売に依存する巨人たちには、自社の主力製品と競合しかねないオープンなソフトウェア開発に踏み出しにくい「イノベーターのジレンマ」があります。しかし、新興企業にはそのしがらみがありません。彼らはソフトウェアの力で、FA業界の構造を水平分業モデルへと塗り替えようとしているのです。
FA業界の未来を創る3つの破壊的トレンド

この地殻変動の中心には、3つの大きな技術トレンドが存在します。
トレンド1:インダストリアルDevOps革命 – PLCプログラミングよ、さようなら
従来のPLCプログラミングは、バージョン管理が煩雑で、複数人での共同作業が非効率的でした。これに対し、IT業界では常識のバージョン管理ツール「Git」などを活用し、PLCコード開発を効率化する「インダストリアルDevOps」という波が押し寄せています。Gartnerも、DevOpsプラットフォームの導入率が2027年までに80%に達すると予測しており、この流れは製造業にも不可避です 。
トレンド2:AIが実現する「プロダクションヘルス」 – 予知保全のその先へ
「機械が壊れる前に知らせる」予知保全はもはや当たり前。次のステージは、機械の健康状態だけでなく、生産プロセス全体をAIで最適化する「プロダクションヘルス」です。IoTセンサーとAIを組み合わせ、品質、スループット、持続可能性といった複数の目標を同時に達成することを目指します。価値の源泉はハードウェアそのものから、データを活用した「インサイト」へとシフトしています。
トレンド3:ロボットOSによる「ハードウェアの解放」
これまで、産業用ロボットはメーカーごとに独自の言語でプログラムする必要があり、これが自動化の大きな障壁となっていました。しかし、スマートフォンにおけるAndroidのように、メーカーを問わず共通で使える「ロボットOS」が登場。これにより、ユーザーは特定のハードウェアに縛られることなく、最適なロボットを自由に組み合わせられるようになります。これは、ロボット業界の力学を根底から覆す可能性を秘めています。
注目すべきゲームチェンジャーたち:FA業界のディスラプター紹介

では、具体的にどのような企業がこの変革をリードしているのでしょうか。特に注目すべき3社を紹介します。
Copia Automation:PLC開発に革命を。Amazonが認めた実力
まさに「インダストリアルDevOps」を体現する企業です。Gitベースのバージョン管理システムをPLC開発に持ち込み、これまで困難だったラダー図などの視覚的なコード比較(VisDiffs)を実現しました 。
導入事例:Amazon 物流拠点で1,000台以上のPLCコードのばらつきに悩んでいたAmazonは、Copiaを導入。結果として、PLCに起因するダウンタイムを80%削減し、重大な問題への対応時間を25%改善できると見込んでいます 。世界的なテクノロジーリーダーがその効果を認めた事実は、非常に大きな意味を持ちます。
Augury:機械とプロセスの「健康診断」。PepsiCoが選んだユニコーン
「プロダクションヘルス」の分野を牽引する評価額10億ドル超のユニコーン企業です 。振動や温度などのセンサーと、5億時間以上の機械データで学習したAIを組み合わせ、99.9%という驚異的な精度で故障を予測・診断します 。単に故障を予知するだけでなく、原因を特定し、修正方法まで提案する「処方的」なインサイトが強みです 。
導入事例:PepsiCo スナック菓子「Frito-Lay」の工場で計画外ダウンタイムの削減を目指したPepsiCoは、複数のソリューションを比較検討した結果、Auguryを選択。現在では36以上の拠点に展開し、これまでに900件以上の計画外ダウンタイムを未然に防ぎ、推定4,500時間のロスを回避しました 。
READY Robotics:ロボット界のAndroid?Rockwellも投資するその可能性
メーカーの垣根を越えて様々な産業用ロボットを単一のプラットフォーム「Forge/OS」で制御可能にする、まさに「ロボットOS」のパイオニアです 。フローチャートベースの直感的なインターフェースにより、専門家でなくてもロボットのプログラミングが可能になります 。
この破壊的な可能性に、FAの巨人Rockwell Automationも注目。同社はREADY Roboticsに戦略的投資を行い、自社のエコシステムに取り込む動きを見せています 。これは、脅威をただ排除するのではなく、取り込むことで自らの力に変えようとする巨人たちのしたたかな戦略の表れです。
巨人たちの逆襲:FA業界の未来は「共存共栄」か?

もちろん、既存の巨人たちも手をこまねいているわけではありません。彼らはそれぞれの戦略でこの変化に対応しています。
- Siemens: NVIDIAとの強力なパートナーシップを締結。「インダストリアル・メタバース」という壮大なビジョンを掲げ、次世代のデジタルツイン技術でゲームのルール自体を変えようとしています 。
- Rockwell Automation: READY Roboticsへの投資に加え、クラウドMESのPlex SystemsやAMR(自律走行搬送ロボット)のClearpath Roboticsなどを次々と買収 。M&Aを駆使して、ソフトウェアと新技術のポートフォリオを急速に拡大しています。
- 三菱電機: 「e-F@ctory Alliance」を通じてパートナー企業との連携を強化しつつ、AI技術「Maisart」の開発など、ソフトウェアとデータ活用の強化を進めています 。
未来のFA業界は、単一の企業がすべてを提供する垂直統合モデルではなく、各社の強みを持ち寄った、よりオープンでハイブリッドなエコシステムが複数競い合う形になるでしょう。
まとめ:あなたの工場が次にとるべき一手とは

FA業界の地殻変動は、もはや避けられない現実です。この変化の波は、すべての製造業にとって大きなチャンスとなり得ます。
- 製造業の皆様へ: 単一ベンダーに依存する戦略を見直し、自社の課題解決に最適な「クラス最高」のツールを積極的に検討する時期に来ています。また、従業員のデジタルスキルへの投資は、未来の工場で競争力を維持するために不可欠です。
- 投資家の皆様へ: 価値の源泉はハードウェアから、その複雑性を抽象化するソフトウェアとAIのレイヤーへと移行しています。インダストリアルDevOps、AIによるプロセス最適化、ユニバーサルな制御プラットフォームといった分野に、次の大きな成長機会が眠っています。
変化のスピードは加速する一方です。この大きなうねりの中で、現状維持は緩やかな後退を意味します。今こそ、自社のオートメーション戦略を再点検し、未来への一歩を踏み出す時ではないでしょうか。

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