「パワー半導体」と聞くと、少し難しく感じるかもしれません。しかし、実は私たちの生活に欠かせない、まさに縁の下の力持ちです。スマートフォンやパソコンの電源、省エネ家電、さらには電気自動車(EV)や太陽光発電といった次世代技術の心臓部として、これらの半導体が活躍しています。
その中でも、長年にわたりパワーエレクトロニクスの世界で主役の座を争ってきたのが「IGBT」と「MOSFET」です。
- 「自分の設計には、どちらを使えばいいんだろう?」
- 「性能の違いは知っているけど、コストまで含めるとどっちがお得?」
- 「最近よく聞くSiCやGaNって、結局何がすごいの?」
この記事では、そんな疑問をお持ちのエンジニアや技術者の皆さんに向けて、IGBTとMOSFETの根本的な違いから、性能、コスト、そして最新技術との関係性まで、どこよりも詳しく、そして分かりやすく解説します。この記事を読めば、あなたのプロジェクトに最適なデバイスを選ぶための、確かな知識が身につくはずです。
- 現役エンジニア
- 電機メーカー勤務
- エンジニア歴15年

1. そもそも何が違う?構造から理解するIGBTとMOSFET

両者の特性の違いは、その物理的な構造に根差しています。難しい話は抜きにして、ポイントだけ押さえましょう。
- MOSFET(モスフェット)
- タイプ: ユニポーラ(単極性)デバイス
- 特徴: 電流を流すために「電子」だけを使います。構造が比較的シンプルなため、スイッチのオン・オフが非常に高速なのが最大の特長です 。
- 弱点: 高い電圧に耐えようとすると、電気の流れを妨げる「オン抵抗」が急激に大きくなってしまうというジレンマを抱えています 。
- IGBT(アイジービーティー)
- タイプ: バイポーラ(双極性)デバイス
- 特徴: MOSFETの入力部とバイポーラトランジスタの出力部を組み合わせたハイブリッド構造です 。電流を流すために「電子」と「正孔」の2種類を使います。この仕組み(伝導度変調)により、 高い電圧や大きな電流に強く、オン抵抗を低く抑えられるのが最大の強みです 。
- 弱点: ハイブリッド構造がゆえの弱点があります。スイッチをオフにしても、内部に残った正孔がすぐには消えず、ダラダラと電流が流れ続ける「テール電流」という現象が発生します。これが原因で、スイッチング速度がMOSFETより遅くなります 。
2. 性能の決め手!「導通損失」と「スイッチング損失」を徹底比較

電力損失は、デバイスの効率と発熱に直結する重要な指標です。損失は大きく2種類に分けられます。
導通損失(スイッチがONの時のロス)
- MOSFET: 電流の2乗に比例して損失が増えます (Pcond=ID2⋅RDS(on))。そのため、低電流域では非常に効率的ですが、大電流を流すと損失が急増します。
- IGBT: 電流にほぼ比例して損失が増えます (Pcond≈IC⋅VCE(sat))。大電流を流しても損失の増え方が緩やかなため、高電流域でMOSFETより有利になります 。
スイッチング損失(ON/OFF切り替え時のロス)
- MOSFET: 構造がシンプルなため、スイッチの切り替えが非常に速く、スイッチング損失は極めて小さいです 。高周波で動作させるアプリケーション(数100kHz以上)の独壇場です 。
- IGBT: 前述の「テール電流」が主な原因となり、スイッチをオフにする際に大きな損失が発生します 。このため、 スイッチング損失はMOSFETより大きく、高周波動作には向きません。
【一目でわかる】損失特性の比較
| 特性 | パワーMOSFET | IGBT | こんな用途に有利 |
| 導通損失 | 低電流で有利 | 大電流で有利 | IGBT: モーター、インバータ |
| スイッチング損失 | 非常に低い | 高い | MOSFET: スイッチング電源 |
| 得意な周波数 | 高周波 | 低~中周波 | MOSFET: 数100kHz以上 |
| 得意な電圧 | 低~中電圧 | 中~高電圧 | IGBT: 600V以上 |
3. 部品代だけでは損をする?システム全体で考えるコスト
「同じくらいの性能なら、安いIGBTを選ぼう」と考えるのは早計です。デバイスの選択は、システム全体のコストに大きな影響を与えます。
- 部品単価の比較 高電圧・大電流の領域では、IGBTの方が同じ性能をより小さなチップサイズで実現できるため、部品単価が安くなる傾向があります 。
- 見えないコスト:周辺部品と熱対策 ここが重要なポイントです。MOSFETは高速スイッチングが得意なため、インダクタやコンデンサといった周辺部品を小型化・低コスト化できます 。システム全体を小さく、軽くできるのです。 一方、IGBTはスイッチング損失が大きく発熱しやすいため、大型のヒートシンク(放熱板)や冷却ファンが必要になることがあります。これがコストとサイズを増大させる要因となります 。
【設計者の視点】 部品単価が安いIGBTを選んだ結果、大きくて高価なコンデンサやヒートシンクが必要になり、最終的にシステム全体のコストもサイズも大きくなってしまった…というのは、よくある話です。デバイスの選定は、必ずシステム全体を見渡して行いましょう。
4. 【実践編】あなたの用途に最適なのはどっち?アプリケーション別選び方ガイド
これまでの話をまとめると、最適なデバイスは「電圧」と「スイッチング周波数」によって見えてきます。
- MOSFETが輝く領域(低~中電圧・高周波)
- スイッチング電源(SMPS)
- PCやサーバーのDC-DCコンバータ
- 小型モーターの制御
- オーディオアンプ
- IGBTが輝く領域(中~高電圧・低~中周波)
- 産業用モータードライブ
- 電気自動車(EV)のインバータや充電器
- 太陽光・風力発電用パワーコンディショナ
- IH調理器や溶接機
【目的別】デバイス決定マトリクス
| あなたの優先事項は? | 推奨デバイス | なぜなら… |
| とにかく高周波で動かしたい (>100kHz) | MOSFET | スイッチング損失が圧倒的に低いから。 |
| 1000Vを超える高電圧を扱いたい | IGBT / SiC MOSFET | 高耐圧で導通損失が低いから。 |
| 大電流時の効率を最優先したい | IGBT | 大電流でも導通損失が低く抑えられるから。 |
| システムを極限まで小型化したい | MOSFET / GaN HEMT | 高周波化で周辺部品を小さくできるから。 |
| 短絡などの過酷な状況にも耐えてほしい | IGBT | 構造的に堅牢で、短絡耐量が高いから 。 |
5. 【未来編】ゲームチェンジャー登場!SiCとGaNが勢力図を塗り替える
「MOSFETか、IGBTか」という二者択一の時代は、終わりを告げようとしています。ワイドバンドギャップ(WBG)半導体と呼ばれる新素材、「SiC(炭化ケイ素)」と「GaN(窒化ガリウム)」の登場です。
SiC MOSFET:IGBTの領域を侵食する「良いとこ取り」デバイス
SiCは、従来のシリコン(Si)に比べて、電圧への耐性や熱伝導率が格段に優れた材料です 。このSiCを使ったMOSFETは、まさに革命的な性能を誇ります。
- 特長: MOSFETの高速スイッチング性能と、IGBTの高耐圧・低オン抵抗という、両者のメリットを兼ね備えています 。
- 影響: これまでIGBTの独壇場だった電気自動車(EV)のインバータなどで、急速に採用が拡大しています 。高効率化により、航続距離の延長やバッテリーの小型化に貢献します。
- コスト: まだ高価ですが、システム全体の小型化や効率向上によるメリットがコストを上回るケースが増えています 。
GaN HEMT:MOSFETの限界を超える「超高速」デバイス
GaNは、SiCよりもさらに電子の移動が速い材料です 。GaNを使ったトランジスタ(HEMT)は、高周波性能を新たな次元へと引き上げました。
- 特長: SiやSiCでは不可能な超高周波(MHz帯)でのスイッチングを可能にします。寄生容量が極めて小さく、逆回復損失もゼロに近いため、驚異的な電力密度を実現します 。
- 影響: スマートフォンの急速充電器が劇的に小型化したのは、GaN技術の賜物です。今後はデータセンターの電源やLiDARなどへの応用が期待されています。
- 現在の立ち位置: 主に900V以下の領域で、従来のSi-MOSFETを置き換え、凌駕しつつあります 。
まとめ:賢いパワー半導体選びのための最終チェックリスト

IGBTとMOSFETの戦いは、SiCとGaNという新たなプレイヤーの参入により、新たな局面を迎えています。現代のデバイス選定は、もはや単純な二者択一ではありません。
最適なデバイスを選ぶためには、以下の4つの視点から総合的に判断することが重要です。
- 性能 vs コスト: 最高の性能を求めるのか(WBGが有利)、コストを最優先するのか(Siが有利)?
- 電圧と電力レベル: アプリケーションの電圧は?(低電圧ならGaN/MOSFET、高電圧ならSiC/IGBT)
- 周波数と電力密度: システムの小型化が重要か?(高周波化できるGaN/MOSFETが有利)
- システム全体での最適化: 部品単価だけでなく、周辺部品や冷却機構まで含めたトータルコストで判断する。
この記事が、あなたの設計や開発プロジェクトにおける、最適なパワー半導体選びの一助となれば幸いです。進化し続けるパワーエレクトロニクスの世界で、競争力のある製品を生み出していきましょう。

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