こんにちは!10年以上、電気製品の設計に携わっている現役エンジニアの「ろぼてく」です。
普段、仕事でマイコンや半導体を選定する中で、「この部品メーカーって、実はどこの国の会社なんだろう?」とふと疑問に思うことがあります。特に最近、AIやデータセンターの分野で名前を聞く機会が急増した「マーベル・テクノロジー (Marvell Technology, Inc.)」。あなたも一度は耳にしたことがあるかもしれません。
このマーベル、非常に高性能な半導体を作るすごい会社なのですが、その実態は意外と知られていません。そこで今回は、私のような技術者の視点から、マーベルが一体どこの国のメーカーなのか、そして彼らが持つ本当の強みや将来性について、徹底的に深掘りしていきたいと思います。
- 電機メーカー勤務
- エンジニア歴10年以上
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どこの国の半導体メーカー 総まとめ
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結論:マーベルは「アメリカ」の半導体メーカーです

まず結論から。マーベル・テクノロジーはアメリカの半導体メーカーです 。
「なんだ、普通にアメリカの会社か」と思った方もいるかもしれません。しかし、ここには少し複雑で面白い経緯があります。
マーベルは1995年にアメリカのカリフォルニア州サンタクララで設立されました 。シリコンバレーの中心で生まれた、生粋のアメリカ企業です。しかし、実は長年にわたり、法的な本社(登記上の本社)はタックスヘイブンとしても知られる
バミューダ諸島のハミルトンに置かれていました 。
私のような長年のエンジニアでも、マーベルが以前はバミューダ法人だったことを知って驚くことがあります。税務上のメリットなどを考慮した戦略だったのでしょう。
この状況が大きく変わったのが2021年4月です。マーベルが同じくアメリカの半導体企業であるインファイ(Inphi Corporation)の買収を完了したタイミングで、法的 domicile(本拠地)を正式にアメリカ国内、デラウェア州に移転したのです 。
これは単なる住所変更ではありません。公式発表では、この再編によって「データインフラにおけるエンドツーエンドの技術的リーダーシップを持つ、米国の半導体強豪企業が誕生する」と高らかに宣言されています 。これは、近年の半導体分野における国家安全保障の重要性の高まりを背景に、マーベルが自らをアメリカの国家戦略に不可欠な企業として明確に位置づけた、非常に戦略的な動きと言えるでしょう。彼らの戦略的な意図が見えてきて非常に興味深いですね。
事業ポートフォリオ:データインフラを支える「黒子」

マーベルの製品は、私たちの生活に欠かせないデジタル社会の根幹を支えています。しかし、彼らはインテルやNVIDIAのように、一般消費者が直接目にする製品を作っているわけではありません。彼らの主戦場は、データセンター、5G通信網、企業ネットワークといった「データインフラ」です 。まさに、現代社会を陰で支える「黒子」のような存在なのです。
昔、初代iPhoneのWi-Fiチップがマーベル製だったことを覚えている方もいるかもしれません 。しかし、現在のマーベルはそうしたコンシューマ向け事業から大きく舵を切り、私たちが日々設計するデータセンターや通信基地局といった、社会インフラを支える半導体に特化しています。この戦略転換こそが、マーベルの強さの源泉なのです。
彼らの事業は、主に以下の3つの市場に分かれています 。
- データセンター市場: 現在のマーベルの収益の柱であり、最も成長著しい分野です。AIやクラウドコンピューティングの心臓部で使われる、超高速なデータ通信を実現する半導体や、膨大なデータを保存するストレージ向けの半導体などを提供しています 。
- キャリア(通信事業者)市場: 主に5Gの通信インフラをターゲットにしています。スマートフォンの通信を裏で支える基地局などで、複雑な通信処理を行うための高性能なプロセッサなどを供給しています 。
- エンタープライズ市場: 企業の社内ネットワーク(LAN)やキャンパスネットワークで使われるスイッチング半導体などを提供しています 。
これらの市場向けに、マーベルは非常に多岐にわたる製品群を持っています。以下の表にその代表的なものをまとめてみました。
| 市場セグメント | 主要製品 | 用途例 |
| データセンター | Teralynx® スイッチ, Coherent/PAM4 DSPs, SSD/HDD コントローラ, カスタムASIC | AI/MLクラスタ、クラウドサーバー、ストレージシステム、光接続 |
| キャリア (5G) | OCTEON® DPUs, ベースバンドプロセッサ | 5G基地局、vRAN/O-RANアクセラレータ、エッジコンピューティング |
| エンタープライズ | Prestera® スイッチ, Ethernet PHYs, セキュアプロセッサ | 企業向けネットワークスイッチ、セキュアゲートウェイ、Wi-Fiアクセスポイント |
| カスタム半導体 | Custom ASICs, Arm®ベースSoC | クラウド事業者向け特注AIアクセラレータ、ネットワークプロセッサ |
その業界でのシェア、ランキング、競合

マーベルは、それぞれの専門分野で非常に高い競争力を持っています。いくつかの主要な市場での立ち位置を見てみましょう。
データセンター向けイーサネットスイッチ
ここはマーベルが近年、目覚ましい成長を遂げている分野です。2022年に発表されたデータによると、クラウドデータセンター向けのイーサネットスイッチポート出荷数を前年比で倍増させ、市場全体のシェアを6%から10%へと拡大させました 。特に、クラウドインフラで重要となる「50G SerDes」という高速通信技術を用いたスイッチのセグメントでは、実に
31%という高いシェアを獲得しています 。これは、長年の王者であるブロードコム(Broadcom)の牙城に迫る勢いであり、業界に大きなインパクトを与えました。
ストレージコントローラ
ハードディスク(HDD)やSSDの頭脳となるコントローラICの分野でも、マーベルは古くからの強豪です。この市場は、ブロードコム、マイクロチップ(Microchip)、インテル(Intel)、そしてマーベルの4社で市場の70-80%を占める寡占状態にあり、マーベルはその主要プレイヤーの一角を占めています 。
競合他社
マーベルのビジネスは多岐にわたるため、競合も分野ごとに異なります。この点を理解することが、マーベルの立ち位置を正確に把握する上で非常に重要です。
| 製品分野 | 主要競合他社 | 競争のポイント |
| データセンターネットワーキング | Broadcom, NVIDIA (旧Mellanox) | スイッチ性能、消費電力、カスタムASIC対応力 |
| ストレージコントローラ | Broadcom, Microchip, Intel | SSD/HDDコントローラの性能、NVMe技術 |
| 5Gインフラ | Qualcomm, Broadcom, Intel | ベースバンドプロセッサの性能、O-RANへの対応 |
| カスタムAI半導体 | Broadcom (ASIC部門), NVIDIA (GPU) | 設計能力、IPポートフォリオ、顧客との協業体制 |
特に、データセンター分野におけるブロードコムとの競争は熾烈です。両社はスイッチング半導体からカスタム半導体まで、非常に似た製品ポートフォリオを持っており、まさに宿命のライバルと言えるでしょう 。
また、AI分野では王者NVIDIAがいますが、マーベルは直接GPUで競合するのではなく、Amazonなどの巨大クラウド企業が自社専用のAIチップ(ASIC)を開発するのを手助けするという形で、NVIDIAとは異なるアプローチで市場に食い込んでいます 。
その会社の収益、利益の推移

企業の健全性を測る上で、財務データは欠かせません。マーベルの過去5年間の業績を見てみましょう。
| 会計年度 | 純収益 (百万ドル) | 純利益/損失 (百万ドル) |
| 2025 | $5,767.3 | $(885.0) |
| 2024 | $5,507.7 | $(933.4) |
| 2023 | $5,919.6 | $(163.5) |
| 2022 | $4,460.0 | $(427.2) |
| 2021 | $2,968.0 | $(277.0) |
(出典: Marvell Technology, Inc. SEC Filings, Press Releases )
この表を見ると、売上は順調に伸びているのに、純利益が赤字の年が多いことに気づくでしょう。株価情報サイトだけを見ていると「この会社、大丈夫?」と不安になるかもしれません。しかし、エンジニアの視点で見ると、これはむしろ健全な「未来への投資」の結果なのです。
半導体業界、特にマーベルが戦う最先端の分野では、巨額の先行投資が不可欠です。赤字の主な要因は2つあります。
- 莫大な研究開発費(R&D): マーベルは現在、5nm、3nm、さらには次世代の2nmという、世界最先端のプロセス技術で半導体を開発しています 。このような微細な回路を設計するには、毎年莫大な研究開発費が必要となり、それが会計上の費用として計上されます。
- 大型買収に伴う「のれん代」の償却: 後述しますが、マーベルはCavium(約60億ドル)やInphi(約100億ドル)といった巨大企業を買収してきました 。この買収金額のうち、買収された企業の純資産を上回る部分は「のれん」や「無形固定資産」として計上され、これが毎年、費用(償却費)として利益を圧迫します。これは現金の支出を伴わない会計上の費用です。
実際、事業の核であるデータセンター部門の売上は、ある四半期で前年比98%増を記録し、今や全社売上の72%以上を占めるまでに成長しています 。会計上の数字は赤字でも、事業そのものは非常に力強く成長していることがわかります。
その業界での特徴:マーベルを唯一無二にする3つの強み

数多くの半導体メーカーの中で、なぜマーベルはこれほどまでに注目されるのでしょうか。その理由は、同社が持つ3つの際立った特徴に集約されます。
1. データインフラへの完全特化
マーベルの最大の強みは、その事業領域を「データインフラ」に完全に絞り込んでいる点です 。かつてはコンシューマ製品も手掛けていましたが、近年の経営陣は非中核事業を次々と売却し、リソースをデータセンター、5G、エンタープライズという成長市場に集中させています。この「選択と集中」により、全ての研究開発や企業買収がデータインフラという一つの目標に向かって最適化されており、非常に効率的で強力な事業基盤を築いています。
2. ファブレス経営とTSMCとの強固な連携
マーベルは、自社で半導体製造工場を持たない「ファブレス」企業です 。設計と開発に特化し、実際の製造はTSMC(台湾積体電路製造)のような専門の製造受託企業(ファウンドリ)に委託しています 。
半導体工場の建設には数兆円もの投資が必要であり、そのリスクを回避できるファブレス経営は、設計という自社のコアコンピタンスに集中できる大きなメリットがあります 。特に重要なのは、マーベルが世界No.1のファウンドリである
TSMCと極めて強固なパートナーシップを築いている点です。これにより、マーベルは常に世界最先端の製造プロセス(5nm、3nm、そして2nm)を利用する権利を得ており、これが競合に対する大きな技術的優位性の源泉となっています 。
3. 隠れた切り札:カスタム半導体 (ASIC)
そして、これが現在のマーベルを象徴する最大の強みです。それは「カスタム半導体(ASIC: Application Specific Integrated Circuit)」の設計・供給能力です。
Amazon (AWS)やGoogle、Microsoftといった巨大クラウド企業(ハイパースケーラー)は、自社のデータセンターで消費する膨大な電力を削減し、AIなどの特定サービスで他社を圧倒する性能を出すために、既製品の半導体ではなく、自社のサービスに完全に最適化された「専用チップ」を開発する動きを加速させています 。
しかし、半導体の設計は極めて高度な専門知識を要するため、彼らだけでは実現できません。そこでパートナーとなるのが、マーベルのような企業です。マーベルは、自社が持つ業界トップクラスの高速通信技術やプロセッサ技術といった「部品(IP)」を組み合わせ、顧客であるクラウド企業の要求に合わせて世界に一つだけのカスタムチップを共同で設計します 。
このカスタム半導体事業は、一度採用されると顧客との関係が非常に強固になり、高い利益率が見込めるビジネスです。マーベルはAmazonと複数世代にわたる包括的な協業契約を結ぶなど、この分野で大きな成功を収めており 、AI時代のデータセンター競争において、まさに「キングメーカー」とも言える重要なポジションを確立しています。
これら3つの強みは、それぞれが独立しているわけではありません。データインフラへの特化が、最先端の製造技術を必要とし、それがTSMCとの強固な連携につながっています。そして、その最先端技術とインフラ特化の知見を活かせるのが、カスタム半導体事業なのです。これらが見事に噛み合った好循環を生み出していることが、マーベルの本当の強さと言えるでしょう。
この会社の歴史:買収と共に歩んだ成長の軌跡

マーベルの約30年の歴史は、戦略的な企業買収を通じて技術ポートフォリオを拡充し、事業を変革してきた歴史でもあります。
| 買収年 | 被買収企業 | 獲得した主要技術 | 戦略的意義 |
| 2000 | Galileo Technology | Ethernetスイッチ、システムコントローラ | ネットワーク事業の基盤を構築 |
| 2006 | Intel XScale Business | 通信・アプリケーションプロセッサ | モバイル・組込み向け演算能力を強化 |
| 2018 | Cavium, Inc. | ARMベースプロセッサ (OCTEON)、DPU | データセンター向けコンピュート/セキュリティ事業へ本格参入 |
| 2021 | Inphi Corporation | 高速光接続技術 (DSP, TIA) | クラウド/5G向け高速データ伝送のリーダーに |
創業期と初期の成長 (1995年~)
1995年、スタールジャ兄弟とウェイリー・ダイによって設立されたマーベルは、当初、HDD向けのストレージ半導体で成功を収めました 。その後、2000年にネットワークスイッチのGalileo Technologyを、2006年にはIntelの携帯端末向けプロセッサ事業「XScale」を買収し、事業の多角化を進めました 。
変革期:インフラへの大転換 (2018年~)
現在のマーベルの姿を決定づけたのは、2016年にCEOに就任したマット・マーフィー氏が主導した、データインフラへの大胆な事業転換です。その象徴が、2つの巨大買収でした。
2018年のCavium買収は、マーベルをインフラ向け半導体の巨人へと変貌させました。Caviumが得意としていた高性能なARMベースプロセッサ「OCTEON」は、現在マーベルの5G基地局向けやデータセンター向けDPU(Data Processing Unit)の主力製品となっています 。
そして2021年のInphi買収は、最後の重要なピースを埋める一手でした。Inphiは、データセンター内でサーバー間を光で結ぶための超高速通信(光インターコネクト)に必要な半導体(DSPなど)で世界トップクラスの技術を持っていました 。この買収により、マーベルはデータセンター内で必要とされる「演算(コンピュート)」「通信(ネットワーキング)」「保存(ストレージ)」の全てにおいて、業界最高レベルのソリューションをワンストップで提供できる、唯一無二の企業となったのです。
設計/生産はどこで行っているか?

マーベルの事業モデルを理解する上で、設計と生産の場所を知ることは重要です。
設計(頭脳):グローバルな開発体制
マーベルは、世界中に設計・開発拠点を持つグローバル企業です。本社機能を持つアメリカのカリフォルニア州サンタクララを中心に、アリゾナ州、マサチューセッツ州など米国内に多数の拠点を構えています 。
さらに、イスラエル、インド、中国、ヨーロッパ各国にも重要なデザインセンターを配置しています 。そして近年では、半導体人材の新たなハブとして注目されるベトナムのホーチミン市やダナン市にも大規模な設計センターを設立し、グローバルな人材獲得を積極的に進めています 。世界中の優秀なエンジニアの頭脳を結集して、最高の半導体を設計しているのです。
生産(筋肉):台湾のTSMCへの委託
前述の通り、マーベルは自社工場を持たないファブレス企業です 。設計が完了した半導体の製造は、その全てを外部のファウンドリに委託しています。
その最も重要かつ最大のパートナーが、台湾のTSMCです 。マーベルが開発する最先端の半導体は、TSMCが持つ世界最高の製造技術なくしては生まれません。両社は長年にわたり、5nm、3nm、2nmといった世代ごとに共同で技術開発を進める、非常に強固な関係を築いています 。
この「設計はグローバルに、生産は特定パートナーに集中」というモデルは、現代の半導体産業の最先端をいく企業の典型的な姿です。しかし、これは同時に、生産が台湾という特定の地域に集中することによる地政学的なリスクも内包しています。近年、TSMCがアメリカのアリゾナ州に新工場を建設していることは 、こうしたサプライチェーンのリスクを分散させる上で、マーベルにとっても顧客にとっても重要な意味を持っています。
まとめ

最後に、今回の内容をまとめます。
- マーベルは、法的手続きを経て名実ともにアメリカの半導体メーカーとなった企業です。
- 事業をデータインフラ(データセンター、5G、エンタープライズ)に完全に特化し、社会のデジタル化を根底から支えています。
- 強みは、①インフラへの事業特化、②TSMCとの連携を活かしたファブレス経営、そして③巨大クラウド企業を顧客に持つカスタム半導体(ASIC)事業という、三位一体の戦略にあります。
- CaviumとInphiという戦略的な大型買収を通じて、データインフラに必要な全ての技術を揃えた、業界でも稀有な存在へと進化を遂げました。
AIの進化と5Gの普及が続く限り、データを動かし、保存し、処理するマーベルの技術の重要性は増すばかりです。彼らはまさに、これからのデジタル社会を根底から支える、最も重要な企業の一つと言えるでしょう。
この記事が、マーベルという企業の理解を深める一助となれば幸いです。

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