こんにちは!大手電機メーカーで10年以上、製品設計に携わっているエンジニアブロガーの「ろぼてく」です。
普段、マイコンや半導体の選定をしていると、「Arm」という名前を見ない日はありません。皆さんがお持ちのスマートフォン、実はその心臓部であるCPUのほとんどが、このArmの技術をベースに作られています 。
「これだけ世界中に普及しているArmって、一体どこの国の会社なんだろう?」
こんな疑問を持ったことはありませんか?実はこの質問、一言で答えるのが非常に難しい、とても興味深い背景を持っています。今回は、製品開発の最前線でArmの技術に触れ続けてきた私の視点から、この半導体業界の巨人の正体を、歴史、ビジネスモデル、そして驚異的な市場シェアまで、徹底的に掘り下げて解説していきます!
- 電機メーカー勤務
- エンジニア歴10年以上
- IC設計経験あり

どこの国の半導体メーカー 総まとめ
みんなが気になるあの半導体メーカーの国籍と何を作っているかがわかります!徹底調査しています!

結論:Armはイギリス生まれ、日本が親会社のグローバル企業

まず結論からお伝えします。Armは**「イギリスで生まれ、現在は日本のソフトバンクグループが親会社であり、アメリカのナスダック市場に上場しているグローバル企業」**です 。
「え、イギリス?日本?アメリカ?どういうこと?」と思いますよね。この複雑な成り立ちこそが、Armの強さの秘密であり、現代のテクノロジー業界における地政学的な重要性を示しています。
- 発祥の地:イギリス Armは1990年、学術都市として名高いイギリスのケンブリッジで誕生しました 。現在もグローバル本社はケンブリッジに置かれており、そのルーツは間違いなくイギリスにあります 。
- 現在の親会社:日本 2016年、日本のソフトバンクグループが約3.3兆円(当時のレートで243億ポンド)という巨額の資金でArmを買収しました 。これによりArmはソフトバンクグループ傘下となり、日本の企業が親会社という関係になりました。2023年に再上場しましたが、ソフトバンクは現在も約90%の株式を保有する大株主です 。
- 上場市場:アメリカ 2023年9月、Armはニューヨークのナスダック市場に再上場を果たしました 。これにより、世界中の投資家から資金を調達できる、アメリカの公開企業という側面も持つことになりました。
この英国の伝統、日本の長期的視点を持つ資本、そして米国市場からの資金調達力という三つの要素が組み合わさることで、Armは非常にユニークな立ち位置を築いています。米中の技術覇権争いが激化する中で、特定の国に偏らないこの多国籍な性格は、世界中の企業と分け隔てなくビジネスを行う上で大きな戦略的アドバンテージとなっています。かつてアメリカの半導体大手NVIDIAがArmの買収を試みた際、各国の規制当局から「競争を阻害し、安全保障上の懸念がある」として承認されなかったことからも、Armの「中立性」がいかに重要視されているかがわかります 。
Armのビジネスの仕組み:なぜ自社でチップを作らないのか?

Armの最も特徴的な点は、そのユニークなビジネスモデルにあります。IntelやSamsungのように自社で半導体チップ(物理的なモノ)を製造・販売するのではなく、Armは半導体チップの「設計図(知的財産=Intellectual Property, IP)」を開発し、そのIPをライセンス供与することで収益を得ています 。
具体的には、以下の2段階で収益を上げています。
- ライセンス料:半導体メーカー(AppleやQualcommなど)がArmのCPU設計図を使いたい場合、まず最初にライセンス契約を結び、ライセンス料を支払います 。
- ロイヤリティ:そして、その設計図を基に製造されたチップが1個出荷されるたびに、その価格の数パーセントをロイヤリティとして受け取ります 。
このビジネスモデルは「ファブレス(工場を持たない)」と呼ばれ、莫大な投資が必要な製造工場を持つリスクを負うことなく、設計という最も付加価値の高い部分に経営資源を集中できるという強みがあります 。
私自身、このビジネスモデルの恩恵を何度も受けてきました。数年前、ある産業用コントローラーの開発プロジェクトを担当した時のことです。その製品には特殊な制御と高い電力効率が求められましたが、私たちが必要とする性能を持つCPUをゼロから開発するには、膨大な時間と開発費がかかります。そこで私たちは、Armの「Cortex-M」というマイコン向けのCPUコアをライセンス購入しました。これにより、CPUの基本設計という最も困難な部分をArmに任せ、私たちは自社の強みである制御アルゴリズムやアナログ回路の設計に全リソースを集中させることができたのです。結果として、開発期間を大幅に短縮し、高品質な製品を市場に投入できました。
このように、Armのビジネスモデルは、世界中のエンジニアが「巨人の肩の上に立つ」ことを可能にし、各社が独自のイノベーションに集中できる環境を提供しているのです。この仕組みが、Armを中心とした巨大な「エコシステム(生態系)」を形成しています。現在、2200万人以上のソフトウェア開発者がArmプラットフォーム上で開発を行っていると言われており、このエコシステムの存在自体が、Armの圧倒的な競争力の源泉となっています 。
Armが提供するIPは多岐にわたりますが、主要な製品ポートフォリオを以下の表にまとめました。
| 製品ライン | 主要シリーズ | 主な特徴 | ターゲット市場/製品例 |
| アプリケーションプロセッサ | Cortex-A / Cortex-X | 高性能と電力効率を両立。最高の性能を追求。 | スマートフォン、ノートPC、車載インフォテインメント |
| リアルタイムプロセッサ | Cortex-R | 高い信頼性とリアルタイム処理性能。 | 自動車(ブレーキシステム)、産業用制御、ストレージ |
| マイクロコントローラ | Cortex-M | 超低消費電力、低コスト。 | IoT機器、ウェアラブルデバイス、組み込みシステム |
| インフラ向けCPU | Neoverse | 高いスケーラビリティと電力効率。 | データセンター、クラウドサーバー、5G通信基地局 |
| グラフィックス (GPU) | Mali / Immortalis | 高性能なグラフィックス処理、レイトレーシング対応。 | スマートフォン、スマートTV、AR/VRデバイス |
この表を見るだけでも、Armの技術がいかに私たちの身の回りのあらゆる電子機器に浸透しているかがお分かりいただけるでしょう 。
業界での強さ:スマホ、サーバー、自動車市場でのシェアと競合

Armのビジネスモデルがどれほど強力か、その結果は各市場での圧倒的なシェアに表れています。ここでは主要な3つの市場、「スマートフォン」「データセンター」「自動車」におけるArmのポジションを見ていきましょう。
スマートフォン市場:シェア99%超の絶対王者
スマートフォン市場において、Armは「独占」という言葉がふさわしい地位を築いています。現在、世界で出荷されるスマートフォンの99%以上がArmベースのプロセッサを搭載しています 。AppleのAシリーズチップも、QualcommのSnapdragonも、SamsungのExynosも、すべてArmの命令セットアーキテクチャを基に設計されています。
なぜここまで圧倒的なのか?その最大の理由は、Armの設計が持つ**「電力効率の高さ(ワットパフォーマンス)」**にあります。バッテリーで長時間駆動する必要があるモバイル機器にとって、性能と同じくらい、あるいはそれ以上に消費電力の少なさが重要です。Armは創業当初からこの電力効率を追求しており、それがスマートフォン時代の到来とともに完全に市場のニーズと合致したのです 。
データセンター市場:巨人Intelに挑む挑戦者
一方、データセンターやサーバーのCPU市場は、長年IntelやAMDが採用する「x86」アーキテクチャの牙城でした 。しかし、ここ数年で状況は大きく変わりつつあります。AIの爆発的な普及により、データセンターの消費電力が世界的な課題となる中、Armの電力効率の高さが再び注目されているのです 。
Amazon (AWS)、Google、Microsoftといった巨大クラウド企業は、自社データセンターのコストと消費電力を削減するため、こぞって自社設計のArmベースCPU(AWSのGraviton、GoogleのAxion、MicrosoftのCobaltなど)を開発・導入しています 。
ArmのデータセンターCPU市場におけるシェアは、2024年時点で約15%とまだ挑戦者の立場ですが、同社は**「2025年末までに50%のシェアを獲得する」**という非常に野心的な目標を掲げています 。アナリストからは懐疑的な見方もありますが、x86以外のサーバー市場がx86市場を上回るペースで成長していることからも、Armの勢いが本物であることがわかります 。
自動車市場:業界の「OS」となる基盤技術
自動車業界では、Armは特定の半導体メーカーと競合するのではなく、業界全体の基盤となるアーキテクチャを提供しています。自動車向け半導体の大手であるNXP、ルネサス エレクトロニクス、インフィニオン テクノロジーズなどは、すべてArmからCortex-A(インフォテインメント用)、Cortex-R(リアルタイム制御用)、Cortex-M(ボディ制御用)などのIPライセンスを受け、自社の車載マイコンやSoCを開発しています 。
つまり、彼らは競合ではなく、Armの重要なパートナーなのです。自動運転(ADAS)やコネクテッド機能の進化により、自動車1台に搭載される半導体の数は増え続けています。どのメーカーのチップが採用されようとも、そのベースにArmの技術が使われていれば、Armにはロイヤリティが入ります。自動車が「走るコンピュータ」になるほど、Armの存在感は増していくのです。車載マイコン市場では、ArmのCortex-R/Aシリーズが最も高い成長率(年平均15.6%)を示しており、その重要性がうかがえます 。
新たな競合:RISC-Vの台頭
Armの牙城に挑む新たな競合として、「RISC-V(リスクファイブ)」というオープンソースのアーキテクチャが登場しています。RISC-Vはライセンス料やロイヤリティが不要で、誰でも自由にカスタマイズできるという大きなメリットがあります 。特に、コストが重視される低価格のIoT機器や組み込みシステムの分野で採用が広がりつつあります。
しかし、高性能が求められるスマートフォンやサーバー市場では、Armが30年かけて築き上げてきたソフトウェアエコシステム(OS、コンパイラ、開発ツール、膨大なアプリケーション資産)が大きな壁となっています 。RISC-Vがこの差を埋めるには、まだ時間が必要でしょう。
| 市場 | 市場シェア | 主要な競合/アーキテクチャ | ろぼてくの視点 |
| スマートフォン | >99% (寡占) | 実質的な競合なし | 電力効率が勝因。もはや社会インフラの一部です。 |
| データセンター | ~15% (2024年), 挑戦者 | x86 (Intel, AMD) | 電力効率を武器にx86の牙城を崩す。AIが強力な追い風になっています。 |
| 自動車 | 支配的 (アーキテクチャとして) | RISC-V (新興) | 半導体メーカーにとっての「OS」のような存在。NXPやルネサスは競合ではなく重要なパートナーです。 |
会社の成長性:収益と利益の推移をチェック

企業の健全性や将来性を測る上で、財務データは欠かせません。ここでは、Armの過去5年間の業績推移を見てみましょう。2023年の再上場に伴い、詳細な財務情報が公開されています。
| 会計年度 | 総収益 (Total Revenue) | 営業利益 (Operating Income) | 純利益 (Net Income) |
| 2021年3月期 | 20億2700万ドル | 2億4200万ドル | 3億8800万ドル |
| 2022年3月期 | 27億300万ドル | 6億7980万ドル | 5億4900万ドル |
| 2023年3月期 | 26億7900万ドル | 7億1250万ドル | 5億2400万ドル |
| 2024年3月期 | 32億3300万ドル | 7650万ドル | 3億600万ドル |
| 2025年3月期 | 40億700万ドル | 8億3100万ドル | 7億9200万ドル |
(出典: StockAnalysis.comの公開データ )
この表からいくつかの重要な点が読み取れます。
まず、収益は着実に成長しており、特に2025年3月期にはAIブームの恩恵を受け、前年比で大幅な増収を達成しています。これは、データセンター向けなどの高付加価値なIPのライセンスやロイヤリティが増加していることを示唆しています 。
一方で、2024年3月期の営業利益と純利益が前年と比べて大きく落ち込んでいる点に気づくでしょう。これは経営が悪化したわけではなく、将来の成長に向けた積極的な研究開発(R&D)投資や、再上場に伴う一時的な費用が影響していると考えられます 。Armのビジネスは、常に最先端の設計を生み出し続けるためのR&Dが生命線です。この時期の利益の落ち込みは、次世代のArmv9アーキテクチャやデータセンター向けNeoverseプラットフォームへの先行投資であり、それが翌2025年3月期の力強い収益・利益の回復につながったと分析できます。
Armの収益モデルは、先行投資である「ライセンス料」と、過去の設計資産が継続的に生み出す「ロイヤリティ」の2本柱で構成されています。これまでに累計3250億個以上ものArmベースのチップが出荷されており、この膨大な数が安定したロイヤリティ収入の基盤となっています 。この安定基盤があるからこそ、未来に向けた大胆な投資が可能になるのです。
半導体業界の「設計図屋」という特異な存在

これまでの話を総合すると、Armが半導体業界でいかに特異で強力なポジションを築いているかがわかります。彼らは単なる「設計会社」ではなく、業界の**「標準(スタンダード)」を作り出す存在**なのです。
私のような組み込みエンジニアにとって、この標準化がもたらす価値は計り知れません。例えば、私が自動車のECU(電子制御ユニット)でArm Cortex-Rを使った開発を行うとき、そこで培った知識や使った開発ツールは、別のプロジェクトでIoTセンサーのCortex-Mを扱う際にも大部分が活かせます。アーキテクチャという共通言語があるため、学習コストが低く、開発効率が劇的に向上するのです。もし、世の中のマイコンがメーカーごとに全く異なるバラバラのアーキテクチャだったら、開発はもっと複雑で非効率になっていたでしょう。
Armの真の製品はCPUコアそのものではなく、この**「標準化されたプラットフォームと、それを取り巻く巨大なエコシステム」**だと言えます。世界中の企業がArmという共通の土台の上で、互いに競争し、イノベーションを起こす。Arm自身はパートナーの成功によってのみ成長できる「成功報酬型」のビジネスモデルを採用しており、エコシステム全体の繁栄を促すインセンティブが働いています 。この中立的なプラットフォーマーとしての立ち位置こそが、Armを唯一無二の存在にしているのです。
Armの歴史:ケンブリッジの納屋から世界を変えるまで

Armのユニークな立ち位置は、その歴史の中に深く刻まれています。主要な出来事を時系列で見てみましょう。
- 1980年代(前史): イギリスのコンピュータメーカー、Acorn Computers社内で、自社製品向けに低消費電力で高性能な新しいプロセッサ「Acorn RISC Machine (ARM)」の開発が始まる 。
- 1990年: Acorn、Apple、VLSI Technologyの3社による合弁事業として、「Advanced RISC Machines Ltd (ARM)」が正式に設立。ケンブリッジの古い納屋(Barn)をオフィスに、わずか12人のエンジニアでスタートしました 。当時経営難だったAppleからの出資が、初期のArmを支える上で極めて重要でした 。
- 1993年: Texas Instrumentsとの契約が、その後の運命を決定づけます。この契約を通じてArmのプロセッサ(Arm7)がNokiaの携帯電話「Nokia 6110」に採用され、大成功を収めます。これが、モバイル市場におけるArm支配の幕開けでした 。
- 1998年: 業績を順調に伸ばしたArmは、ロンドン証券取引所と米国のナスダック市場に同時上場を果たします 。
- 2016年: 日本のソフトバンクグループが、Armの将来性、特にIoT時代における重要性に着目し、約243億ポンドで買収。Armは非公開企業となります 。
- 2023年: AI時代のコンピューティング需要の急増を背景に、Armはナスダック市場に再上場。その年最大級のIPO(新規株式公開)として世界中から注目を集めました 。
この歴史を振り返ると、Armが一貫して**「自ら製品を作るのではなく、パートナーシップを通じて技術を普及させる」**という戦略を取り続けてきたことがわかります。Appleとの共同設立、Nokiaへの間接的な採用、そして現在の数百社にのぼるライセンスパートナー。常に顧客と競合しない「縁の下の力持ち」に徹してきたことこそが、業界からの絶大な信頼を勝ち得た要因なのです。
設計は世界中で、生産はパートナー企業で

Armのビジネスモデルを反映して、その事業拠点もグローバルに展開されています。
- 設計(Armの役割): CPUやGPUの設計開発は、世界中の拠点で行われています。イギリス・ケンブリッジのグローバル本社に加え、アメリカ・サンノゼ(米国本社)、フランス・ソフィアアンティポリス、ノルウェー・トロンハイム、インド・バンガロール、そして日本の新横浜など、世界各地にデザインセンターを構えています 。これは、世界中から優秀なエンジニアを集め、各地域の主要な顧客と緊密に連携するための戦略です。
- 生産(パートナーの役割): Armは自社で工場を一切持っていません 。実際のチップ製造は、Armからライセンスを受けたApple、Qualcomm、NXPといったパートナー企業が、TSMC(台湾)やSamsung(韓国)などの半導体製造専門企業(ファウンドリ)に委託して行われます。
つまり、「設計はグローバルなArmチーム、生産は世界中のパートナー企業」という明確な分業体制が敷かれているのです。この体制により、Armは常に最先端の設計開発に集中し、パートナーはそれぞれの市場に最適化された製品を効率的に製造できるわけです。
まとめ

最後に、今回の内容をまとめます。
「Armはどこの国の会社か?」という問いへの答えは、**「イギリスで生まれ、日本のソフトバンクを親会社に持つ、グローバルな半導体設計(IP)企業」**でした。
その強さの源泉は、物理的なチップを製造せず「設計図」のライセンスに特化するというユニークなビジネスモデルにあります。このモデルによって、Armは特定の企業と競合することなく、業界全体の「標準」となるプラットフォームを築き上げました。
その結果、スマートフォン市場では99%以上という圧倒的なシェアを誇り、その電力効率の高さを武器にデータセンター市場でも急速に存在感を増しています。自動車やIoTなど、あらゆる電子機器の頭脳にArmの技術が浸透しており、私たちの生活に欠かせないインフラとなっています。
一人のエンジニアとして、私はArmを「究極のイネーブラー(実現を助ける者)」だと捉えています。Armが生み出した最大の価値は、個々のCPU設計の優位性だけでなく、世界中のエンジニアがイノベーションを起こすための共通言語と土台を提供したことです。
これから本格化するAI時代において、クラウドの巨大なサーバーから、手のひらに乗る小さなエッジデバイスまで、あらゆる場所で効率的なコンピューティングパワーが求められます。Armが創業以来こだわり続けてきた「ワットパフォーマンス」という設計思想は、まさにこの時代の要請に応えるものです。
これからの10年、そしてその先のテクノロジー社会も、間違いなくArmの技術を土台として築かれていくでしょう。

コメント